東京高等裁判所 平成11年(ラ)395号 決定 1999年9月20日
抗告人 X
相手方 Y
事件本人 A
主文
原審判を取り消す。
本件を浦和家庭裁判所に差し戻す。
理由
第1抗告の趣旨及び理由と相手方の反論
本件抗告の趣旨は、「原審判を取り消す。当事者双方の婚姻解消に至るまで、抗告人を事件本人Aの監護者に指定する。相手方は、抗告人に対し、事件本人Aを引き渡せ。」との裁判を求めるというものであり、その理由は、別紙「申立の理由」に記載のとおりである。これに対する相手方の反論は、別紙準備書面に記載のとおりである。
第2当裁判所の判断
1 本件紛争の経緯等
一件記録によると、次の事実が認められる。
(1) 抗告人と相手方は平成4年5月4日に婚姻し、両名の間に事件本人A(平成5年○月○日生。以下単に「A」という。)とB(平成7年○月○日生)が出生したが、夫婦関係は円満を欠き、相手方は、平成10年1月20日、浦和家庭裁判所に対し、夫婦関係調整の調停(同年(家イ)第××号)を申し立てるに至った。
(2) 同調停は同年7月8日に不成立となったが、相手方は、同月18日に散歩と称してAを連れて大宮市<以下省略>の自宅を出て、抗告人にAと一緒である旨の電話連絡をしたものの、その所在を明らかにしなかったことから、抗告人は、同月27日、浦和家庭裁判所に対し、子の引渡しを求める審判(甲事件)とその審判前の保全処分(同年(家ロ)第××××号)の申立てをし、さらに、同年8月18日には浦和地方裁判所に対し離婚訴訟(同年(タ)第×××号)を提起し、同年9月21日には、原審に対し、抗告人をAの監護者に定める審判(乙事件)の申立てをした(Bについても同旨の申立てをした(同年(家)第××××号))。
(3) 浦和家庭裁判所は、同年8月31日、上記審判前の保全処分申立事件について、相手方にAの引渡しを命ずる仮処分審判をし、これに対し、相手方は即時抗告をしたものの、抗告理由を明らかにせず、東京高等裁判所は、同年10月19日、抗告を棄却する旨の決定をした。しかし、相手方は、代理人のC弁護士を通じて、抗告人に対し、裁判所の決定に従う意思がないことを表明した。
(4) そこで、抗告人は、同年11月2日、浦和地方裁判所に対しAの引渡しを求めて人身保護請求(同年(人)第×号)の申立てをし、同裁判所は、3回の準備調査期日を開いたが、相手方は、同年17日の準備調査期日において、代理人のC弁護士を通じて、東京都足立区内の叔母方でAと共に生活していると述べたものの、仕事の都合を理由に全く出頭しなかった。同裁判所は、同月24日、準備調査の結果、請求の理由がないことが明白なときに当たるとして、人身保護法11条に基づき、決定をもって請求を棄却した。これに対し、抗告人は最高裁判所に特別抗告(同年(ク)第×××号)をした。
最高裁判所は、平成11年2月3日、申立人の抗告は、民訴法336条1項所定の場合に該当しないとして、抗告を却下する決定をしたが、その理由中において、「夫婦の一方が他方に対し、人身保護法に基づき、共同親権に服する幼児の引渡しを請求する事案において、他方の配偶者の親権の行使が家事審判規則52条の2の仮処分により実質上制限されているのに右配偶者がこれに従わない場合は、拘束の違法性が顕著である場合(人身保護規則4条)に該当し、特段の事情のない限り一方の配偶者の請求を認容すべきものである(最高裁平成六年(オ)第六五号同年四月二六日第三小法廷判決・民集四八巻三号九九二頁参照)。したがって、本件請求が直ちに請求の理由がないことが明白なときに該当するとはいい難く、裁判所が審問手続を経ることなく決定をもって本件請求を棄却することは許されない。そうであれば、原裁判所が審問手続を経ることなく、決定をもって本件請求を棄却した措置は、法令の解釈を誤ったものというべきである。」との判断を示した。
(5) 一方、相手方は、浦和地方裁判所に対する前記陳述とは異なり、平成10年9月中旬ころから大宮市○○町の賃貸マンションにA及び相手方の実母と転居していた。原審は、同年12月初め、家庭裁判所調査官による同マンションの訪問調査を行うなどしてAの状況も調査した上、同月17日に裁判所において、家庭裁判所調査官2名立会いの上、抗告人とA、Bと相手方の面接調査を実施したところ、Aは、抗告人に対し激しい拒否的態度を示した。原審は、その後Aの通園している幼稚園の訪問調査を行った上、平成11年2月5日、原審判をした。
2 原審判は、概要次のとおり判断して、相手方をAの監護権者に指定するとともに、Aの引渡しを求める抗告人の申立てを却下した。
(1) 抗告人も相手方も監護権者として格別に問題とすべき資質があるとは認められない。Aの養育環境は前記審判前の保全処分時に比べると好転しているといえる。主としてAを監護しているのは相手方の実母であると認められるが、従来からAとは祖母としての交流を保っていた者であり、相手方の実母にAを監護させることでAの福祉上問題が生じるとも思われない。その点からいえば、抗告人も有職者であって、抗告人が仕事についている間の子どもの監護は抗告人の実母が行っているのであるから、抗告人と相手方との間でそれほどの格差があるとはいえない。
したがって、抗告人と相手方との監護権者としての適格性や養育環境については優劣付け難い。
(2) そうすると問題はAとBの姉妹が分断されている状況の相当性であるが、姉妹を分断しているのは抗告人と相手方であり、抗告人と相手方の対立が姉妹の分断として反映されているのである。当庁での面接の際Aが抗告人に対して示した拒否的な態度は、裁判所も予想し得なかった激しいものであった。Aとしては、父母の対立による姉妹の分断はやむを得ない前提として、良好な関係にある相手方と暮らすことを選択するといういわば若渋の選択を表明したのではないかと判断されるのであって、そのようなAを、今度は相手方と引き離すことは、Aにさらなる精神的な外傷を与えこそすれ決して分断されたAの福祉を回復するものではない。
3 しかしながら、原審の資料によっては、原審判のように、抗告人と相手方との監護者としての適格性や養育環境について優劣付け難いと判断するのは相当ではなく、また、裁判所で行われた1回の面接においてAが抗告人に対して示した拒否的な態度から、直ちに、上記のような判断をした点についても、その当否に疑問があり、更に審理を尽くすのが相当であると考える。その理由は次のとおりである。
(1) まず、Aの監護状況についてみるに、相手方が抗告人に無断でAを連れ出すまでは、Aと同居していたのは抗告人や抗告人の実母であるから、近隣に住んでいたとはいえ、相手方の実母とAとの接触時間よりも抗告人や抗告人の実母との接触時間が圧倒的に長かったと推測される。相手方は、Aと遊んだり共に就寝したりすることはあっても、日常生活上基本的な監護養育に当たったことはほとんどなく、仕事の都合を理由に人身保護手続に一度も出頭しなかったことを考えても、同じ有職者ではあっても、抗告人の方がAとの接触時間を長くとることができるとみるのが相当である。また、Aは、その年齢等からすれば、まだ母親によるきめ細かな配慮に基づく監護が必要な生育段階にあると考えられるし、妹Bと分断して養育されることによって生じ得る心身発達上の影響についても慎重な配慮をする必要がある。さらに、相手方は、抗告人の下からAを無断で連れ出し、家庭裁判所や高等裁判所の保全処分の決定にも従わず、地方裁判所の人身保護手続にも全く出頭しなかったのであり、そうこうしているうちに、Aは次第に相手方らとの生活に安定を見いだすようになったという側面があることは否定できないのであって、その現状が安定しているからといって、安易に現状を追認することは相当ではない。
そうすると、抗告人と相手方との監護権者としての適格性や養育環境については優劣付け難いとした原審の判断は、直ちにこれを相当として是認することはできず、上記の点につき更に審理を尽くさせる必要がある。
(2) 次に、原審における面接調査の際Aが抗告人に対し示した拒否的な態度は、これ以上両親の不和に巻き込まれて不安定な状態になりたくないので、ともかく現状の変更は望まないという気持ちの表われとして了解することができ、その意味では、表現が適切であるかどうかは別として、原審の判断も肯認できなくない。しかし、Aを相手方と引き離すことが、Aにさらなる精神的な外傷を与えるという点については、その可能性が全くないとはいえないとしても、これを判断するには、Aと抗告人との関係についての資料が不足しているというべきであり、記録にあらわれた資料をもってしては、原審のいうように、Aを相手方から引き離すことはAにさらなる精神的な外傷を与えこそすれ決してAの福祉を回復するものではないとまで判断することは、相当ではないというべきである。確かに、面接調査時におけるAの抗告人に対する拒否的な態度は驚くほど強いものであるが、現在の監護者である相手方らからの影響が全くないとはいいきれないし、5、6歳の子どもの場合、周囲の影響を受けやすく、空想と現実とが混同される場合も多いので、たとえ一方の親に対する親疎の感情や意向を明確にしたとしても、それを直ちに子の意向として採用し、あるいは重視することは相当ではない。したがって、Aが面接の際に示した態度が何に起因するものであるかを慎重に考慮する必要があり、いまだ6歳のAが一度の面接調査時に示した態度を主たる根拠として監護者の適否を決めてしまうことには疑問があるから、原審としては、これまでのAと抗告人との関係を改めて調査するなどして、面接調査においてAが示した拒否的態度のよってきたる原因を深く考察するとともに、姉妹を分断することの問題点や、Aの年齢や発達段階を考慮したときにそのニーズを最もよく満たすことができるのは誰であるか、面接交渉の確保の問題など、多角的な観点から検討することが必要であったと考えられる。ちなみに、記録によると、上記面接調査終了後、原審が当事者双方の意見を聴取したところ、相手方が相互交流の機会を持つことに前向きであったのに、抗告人は、相手方に対する不信感を強調して、面接調査の継続に反対し、審理の打切りを求めたことが窺われるのであるが、抗告人に対しては、Aの母親としてAの将来の福祉を図る観点から、冷静な態度に立ち戻り、差戻後の原審の審理に協力する姿勢が望まれるところである。
4 以上のとおりであるから、改めてAの監護者として抗告人と相手方のどちらが適当であるか、Aをいかなる監護環境の下に置くことがAの福祉にかなうかについて、更に審理を尽くさせるため、原審判を取り消し、本件を浦和家庭裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 魚住庸夫 裁判官 小野田禮宏 貝阿彌誠)